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アイテム
ローザ・ギイのThe Friendsにみる不安の超克 - 一少女のポストコロニアル的自己認識-
https://doi.org/10.18878/00001956
https://doi.org/10.18878/00001956fa2e6758-906a-4225-9410-502a083667d7
| 名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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神戸女学院大学研究所
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| Item type | 紀要論文(ELS) / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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| 公開日 | 2011-12-01 | |||||
| タイトル | ||||||
| タイトル | ローザ・ギイのThe Friendsにみる不安の超克 - 一少女のポストコロニアル的自己認識- | |||||
| タイトル | ||||||
| タイトル | Transcending Fear in Rosa Guy's The Friends : A Girl's Postcolonial Self-recognition | |||||
| 言語 | en | |||||
| 言語 | ||||||
| 言語 | eng | |||||
| キーワード | ||||||
| 言語 | en | |||||
| 主題Scheme | Other | |||||
| 主題 | fear | |||||
| キーワード | ||||||
| 言語 | en | |||||
| 主題Scheme | Other | |||||
| 主題 | transcendence | |||||
| キーワード | ||||||
| 言語 | en | |||||
| 主題Scheme | Other | |||||
| 主題 | Mother-daughter story | |||||
| キーワード | ||||||
| 言語 | en | |||||
| 主題Scheme | Other | |||||
| 主題 | Postcolonial | |||||
| キーワード | ||||||
| 言語 | en | |||||
| 主題Scheme | Other | |||||
| 主題 | displacement | |||||
| 資源タイプ | ||||||
| 資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
| 資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||
| ID登録 | ||||||
| ID登録 | 10.18878/00001956 | |||||
| ID登録タイプ | JaLC | |||||
| ページ属性 | ||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||
| 内容記述 | P(論文) | |||||
| 論文名よみ | ||||||
| その他のタイトル | ローザ ギイ ノ The Friends ニ ミル フアン ノ チョウコク イチショウジョ ノ ポスト コロニアル テキ ジコ ニンシキ | |||||
| 著者名(日) |
吉田, 純子
× 吉田, 純子 |
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| 著者名(英) |
Yoshida, Junko
× Yoshida, Junko |
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| 著者所属(日) | ||||||
| 値 | 神戸女学院大学文学部英文学科 | |||||
| 要旨(日) | ||||||
| 内容記述タイプ | Other | |||||
| 内容記述 | カリブ系アメリカ人作家ローザ・ギイの The Friends (1973) において、トリニダード島からニューヨークに移民してきた14歳の少女フィリシア・キャシーは、故郷を喪失した(displaced) 子どもとしての辛い経験を一人称で物語る。フィリシアの不安は、異文化アメリカ社会への不適応の問題や、「高級」レストラン経営によりアメリカン・ドリームを追い求める父親カルヴィンとの葛藤に起因する。本稿では、ポストコロニアリズムの「故郷喪失」(displacement) 理論の枠組みを用いて、主人公の不安に焦点をあててテキスト分析を行う。彼女の不安は、アフリカ系クラスメートのイーディス・ジャクソンとの関係に表象される。フィリシアは、いじめられる自分を庇い、助けてくれるイーディスに心暖かなものを感じつつも、「ボロ着をまとった汚い子」である彼女を内心侮蔑する。それは、父親カルヴィンの上昇志向や貧者を「ボロ着の汚いやつ」呼ばわりする態度を、フィリシアが無意識の内に真似てしまった結果である。彼女は、当初、この自己矛盾に気づかず、混乱し不安に苛まれる。彼女を救済するのは、病死した母親ラモーナの幽霊である。母なる島の美しい自然や人間関係から切断されたラモーナは「二重の植民化」(帝国の経済・文化的支配、家父長的夫の支配)による苦しみのすえ病死する。母の幽霊に導かれて初めて父の「高級」レストランを訪れたフィリシアは、それが貧しい労働者向けの大衆食堂にすぎず、彼女の自己矛盾に源であったことに気づく。父親は、作品設定の60年代の経済活動を通じたアメリカニズム、ホミ・バーバの言う「グローバル・コスモポタリズム」を体現していると考えられる。その一方でフィリシアは、米国内で「植民化」された貧しいイーディスと相互の差異を認めあう関係を築く。すなわち、バーバ言うところの「ヴァナキュラー・コスモポタリズム」に根ざした友情を結び、カルヴィンの過ちを乗り越えようとする。 | |||||
| 雑誌書誌ID | ||||||
| 収録物識別子タイプ | NCID | |||||
| 収録物識別子 | AN00085725 | |||||
| 書誌情報 |
神戸女学院大学論集 en : KOBE COLLEGE STUDIES 巻 58, 号 2, p. 151-160, 発行日 2011-12-20 |
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